伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が国土を整え、万物を育て、最後に天照大御神(あまてらすおおみかみ)・月読命(つきよみのみこと)・須佐之男命(すさのおのみこと)の三貴子をお生みになりました。高天原(たかまのはら)を治められた天照大御神は、いよいよ皇孫(こそん)瓊々杵尊(ににぎのみこと)がこの国土に降りられるとき、皇位の璽(しるし)である三種の神器(八咫鏡(やたのかがみ)・草薙剣(くさなぎのつるぎ)・八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま))を授けられて、「この鏡は、もはら我が御魂(みたま)として、吾が前を拝(いつ)くがごと拝き奉(まつ)れ」と神勅を下されました。この御鏡こそが内宮の御祭神、天照大御神の御霊代としておまつりする神鏡(しんきょう)です。
私たちには誰にでも両親がいて、それは代々過去にとめどもなく続いており、そのたどり着く先が皇室の御祖神であり、日本民族の大御祖(おおみおや)と仰がれる天照大御神なのです。
天照大御神は、その文字が示すように、天を照らす太陽を象徴しています。 しかし、太陽そのものを神とするのではなく、太陽に例えられるような、偉大で明るい立派な日本民族の祖神を意味する神さまなのです。神宮では御名をたたえて、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)と申し上げます。